アバドと静寂の音  番外その2「宇宙につながる身体」 ワーグナー管弦楽曲集

 

アバドと静寂の音 
番外その2「宇宙につながる身体」
ワーグナー管弦楽曲集
  ベルリン・フィルハーモニー 2002年
ひそやかに音が鳴りはじめると、空気
が震え、何かが目覚めます。
何気なく今までここにあった空間が凍
りつき、その中身をあらわにしながら
遥か彼方からの力にひかれ、ゆっくり
と背後に吸い寄せられます。
その動きに後頭部や背中があやつり
人形のように引きこまれていきます。
遠いブラックホールに吸いこまれるよう
に、自由は奪われ、麻痺した身体と心
は、広大な空間に鳴りひびく音の波に
ゆだねるしかありません。
身じろぎもできず、虚無であるはずの
空間と一体になって星々の中をあてど
もなく進みます。
ワーグナーの楽劇は神々の世界の物
語ですが、人間以上に人間臭い葛藤
とドラマがあります。
宿命とエゴの狭間で、血と、汗と、涙が
流されます。
けれどアバドの演奏からは、肉体的な
生臭さが感じられません。
宇宙に永劫に続く物語のひとこまとし
て、抽出され結晶した精神のエッセン
スです。
ベルリン・フィルの前任者だったカラヤ
ン、その前任でアバドの憧れの人であ
ったフルトヴェングラーのワーグナーも
素晴らしいものでした。
カラヤンはこの世の物とは思えない、
美しく艶やかな世界を繰り広げます。
滑らかに磨かれ、ライトアップされた
地底の王宮です。
限りなく妖しい世界です。
フルトヴェングラーはドイツの暗い森に
深く入り込み、ファンタジーの世界に
迷い込んだようです。
深い思索が想像の羽根をえて、常に
流転しながら高みを目指します。
この二人の後を継いだアバドは、偉大
な前任者たちの影響を避けることはで
きません。
周囲からも比べられたでしょうし、アバド
も意識したことでしょう。
この演奏は任期の後期のものです。
カラヤンの磨き抜かれた妖艶と、フルト
ヴェングラーの変幻自在のファンタジ
ーは、アバド流に捉えなおされ静謐な
光による精神のドラマになっています。
大変な読書家であったアバドの磨き
ぬかれた知性と、鍛えて研ぎ澄まされ
た感性は世界の扉を拓くための鍵で
す。
宇宙の彼方の星がどうなっていようと、
私たちのくらしは変わりません。
超新星が爆発し周囲が破壊と創造の
渦に巻き込まれていても、私たちには
あまたの星のひとつが、ほんの少し光
をましたにすぎません。
たとえ宇宙の片隅での、宇宙の永い
時間の中ではほんの一瞬にしかすぎ
なくても、私たちはそんなことに関係な
く生きていけます。
しかしそれでも私たちは宇宙の子であ
り、互いの存在なしにこの世はありま
せん。
ミクロの宇宙である私たちの細胞ひと
つひとつ、それが繋がってできた銀河
のような生命、数限りない生命を宿す
地球、太陽系、天の川銀河、そしてマ
クロのさらに広大な宇宙。
それらをつらぬく一筋の光がこの演奏
です。
宇宙は神秘でありながら身近であり、
静けさの中にもダイナミックな宇宙の
動きが息づいています。
アバドは持てる力をすべて開放してこ
の高みにいたりました。
ワーグナー音楽は、王族に愛され、ナ
チスに利用されました。
権威と結びやすいナルシズムと男の
妄想をはらんでいます。
けれどアバドはすぐれた知性で、権威
的な要素をそぎ落とし、永遠を求める
美への要求だけを抽出しました。
アバドにしかできない世界です。
「タンホイザー序曲」にはじまり、「パル
ジファル」からの組曲、「トリスタンとイゾ
ルデ」より前奏曲と愛の死が続きます。
静謐な叙情が胸に迫ります。
国内盤ではこの後に「ヴァルキューレ
の騎行」という大変に威勢のよい音楽
がボーナストラックとして入っています。
残念ながらこれは蛇足で、興ざめとな
ってしまいます。
輸入盤を手に入れるか、愛の死が
終わったらすぐに再生をとめることを
おすすめします。

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