アバドと静寂の音  その16「静寂への回帰」 2013年 ブルックナー交響曲第9番

アバドと静寂の音 
その16「静寂への回帰」 2013年
ブルックナー交響曲第9番
  ルツェルン祝祭管弦楽団

マーラーよりも30歳以上年上だったブ
ルックナーですが、同じウィーンで主
に活躍した作曲家として、互いに尊敬
していました。
ブルックナーの数少ない支持者として
楽譜の出版の費用を肩代わりしたの
がマーラーです。
ワグナーの信奉者であり、9曲の長大
な交響曲を書いたという共通点はあり
ましたが、その作風はまったく異なる
ものです。
20世紀の近代人として個の確立と葛
藤を描いたマーラーに対して、ブルッ
クナーはあくまで神に身を捧げる熱心
な19世紀のカトリック教徒です。
ですからブルックナーの交響曲はすべ
て神への信仰告白であり、普通の人で
あるブルックナーがいかに神に近づこ
うとしていたかの軌跡とみることができ
ます。
そのためブルックナーの演奏では、人
として自然の一員としての穏やかで素
朴な感性に支えられた柔らかくやさし
いものから、神の絶対的な偉大さを表
す荘厳なものまで、その間でいろいな
解釈と演奏がありえます。
マーラーやブルックナーが見直されて
いる近年では、個としての葛藤と絶対
的なものへの憧れを表現して、自意識
の棘を感じさせる演奏が多いように感
じます。
ですから私がブルックナーを聴くのは、
寒さに向かう秋に、迷走神経が緊張し
はじめ、感覚がピリピリとして張りつめ、
頭の中が妙なことに拘って暴走状態
になる時に、毒をもって毒を制すとい
う時に限られます。
けれどこのアバドのブルックナーには、
毒も、棘もまったくありません。
ふつうは一度聴くとぐったりと疲れてし
まうブルックナーなのですが、何度も
繰り返して聴けて、その都度新しい発
見があります。
足取りはゆっくりとはじめられます。
いつもの颯爽と若々しいアバドはもう
いません。
一音一音を愛しみながら、フレーズは
ていねいに静かに閉じられていきます。
胸に切々と迫る音はアバドの自己主張
でも、ブルックナーへの共感でも、神
への感謝でもありません。
ただここにいて、音楽する瞬間の悦び
です。
壮大な音響は光となりますが、人をさ
す鋭さも、色もありません。
雲間からさす光にも、夕映えの荘厳な
光にも、宇宙をあてどもなく進む光にも
色が無いのです。
モノクロの写真や、水墨画を見るようで
す。
アバドの棒に感応したオーケストラの
メンバーの集中力と緊張感の強さの
連続に、こちらの胸も震えます。
長い長い時間であるような、ほんの一
瞬であるような愛おしい時が続きます。
第2楽章のスケルツォはまるでマンモス
や精霊たちの舞踏です。
得体の知れないものが現れては消え、
命の不思議を語ります。
最終の第3楽章、長く尾を引く音は線
となり、綾となって上昇します。
人の世への哀惜も、栄光も挫折もその
動きを止められません。
ただ、今ここにあることへの感謝と祈り
が捧げられます。
ひたすら素朴であったブルックナーで
すが、アバドはその音に生きることへ
の賛歌を込めます。
ふたたび長い吐息と憂鬱がおとずれ、
死への不安や自分を失うことへの恐れ
がよぎります。
導く糸や光は失われ、それでもひたす
らゆっくりと歩を進めます。
そして突然、ほのかで美しい光が現れ
ます。
多くの演奏ではこの場面を感動的に
演出するために、全宇宙の星がいっ
せいに光るように、壮大で劇的に栄光
を称えようとします。
けれどアバドはひそやかに、慎ましく
光を与えます。
それがいっそう胸に迫ります。
そして再び巨大なものと対峙しますが、
それは自我という自分の影です。
最後にほのかな光が、静かに残ります。
そしてすべての葛藤を通り過ぎ、純化
され、浄化された沈黙がやってきます。
このCDのケースの裏側に、会場を立
ち去るアバドの後ろ姿の写真が残され
ています。
そこにはまったく生気が感じられませ
ん。
肉体的な力をほとんど失った人に、な
ぜこのような音楽を作れるのでしょうか。
真摯に探究を続けたアバドは、ほとん
ど自分のことを語りませんでした。
そして、永遠の静寂の中へ帰ってい
きました。
何故か、アバドがブラームスの交響曲
を再演してくれるものと信じて、待って
いました。
それは誰も聴いたことのない演奏であ
り、誰も至ったことのない場所であるは
ずでした。
その夢は実現することなく終わってし
まいました。
けれどその理想を描き、探求しつづけ
る姿勢の大切さを、アバドは伝えたか
ったのだろうとも思います。
アバドについて私が書けることも尽き
ました。
1年半に及ぶ長い時間、お付き合いい
ただきありがとうございました。
この文章によってアバドを知る旅の入
り口に立ち、何かを追及する悦びを深
めた方がいたら望外の幸せです。