アバドと静寂の音  その14「魂の歌」  マーラー交響曲第9番

アバドと静寂の音 
その14「魂の歌」 2010年DVD
マーラー交響曲第9番
  ルツェルン祝祭管弦楽団

この第9交響曲は、マーラー最後の完
成された交響曲です。
それまでの作品などからの様々なメロ
ディーが消えては現れ、写真のコラー
ジュを見るように賑やかです。
そして最終の第4楽章の最後には、「
死に絶えるように」という指示が書き込
んであります。
死を恐れ、半面で惹かれ、ベートーヴ
ェンが9曲の交響曲を残したことを意識
して、この前の作品には9番という番号
を与えず、「大地の歌」という題をつけ
ました。
そんなマーラーが覚悟をもって持てる
ものをすべて注ぎ込んだ曲です。
音は活気をもって常に流動し、変化し、
同じことの繰り返しがありません。
それなのに全体に渡って大河のような
大きな流れが感じられ、一貫した力が
持続します。
第4楽章に入ると音楽はゆっくりとした
弧を描いて下降します。
過ぎ去った日々への哀惜と遠いあこが
れが交錯し、胸にこみあげます。
20世紀の近代人であるマーラーにとっ
て、死とは神に召されることよりは、自
己の消滅であり、完成よりは敗北や終
焉という意味合いが強くなっているの
でしょう。
劇的な盛り上がりの中にも哀愁とノスタ
ルジーが混じりあい、くすんで重い色
合いが持続します。
マーラーの最高傑作として、バーンスタ
インや、バルビローリ、カラヤン、ジュリ
ーニなどの名演奏がきら星のようにあ
ります。
その中でもアバドの演奏はきわめて
個性的です。
音の表情はとても振幅が大きいのです
が、激情や自己陶酔にはほど遠く、透
明で静けさが支配します。
しかし他の誰の指揮したものより、深く
胸に迫ります。
感情よりも、もっと深い部分に共鳴する
のです。
知性と感性によって構築された精神を
も通過し、もっと根源的なもの、静かに
絶えず内側で燃え続けるもの、魂とい
う言葉でしか表現できない何かに至り
ます。
初めてなのに懐かしく、手に触れるこ
とがないのに暖かい。
その渦は多くの人を巻き込みます。
世界屈指のフルート奏者で、ベルリン
フィルに在籍するエマニュエル・パユ
がインタビューに答えて、この曲のア
バドとの演奏の体験を語っています。
「私の音楽に対する姿勢を変える体験
がありました。
ある年、マーラーの第9をアバドとのツ
アーで25回演奏したことがあります。
彼はその25回すべてで、オケのメンバ
ーや聴衆を金縛りにしました。
誰もが身じろぎもせず、息をのんだの
です。
全てが絶対的な静寂の中に消えてい
た。
現実にかえるのに時間がかかりました。
ある時は1分以上も、誰かが耐えきれ
なくなって拍手か、咳を始めるまで続き
ます。
あのマーラー第9は本当に特別でした。」
この演奏のDVDに見るアバドは静かに
消え入るように、しかし長く続く感動の
余韻と一体となって指揮を終えます。
まるでアバドも同時に静かに息をひき
とってしまうのではないかと思えるほど
です。
長い、長い静寂の後の心をこめた拍手
とブラボー。
アバドもインタビューに答えています。
「私にとってよい聴衆とは、消えゆく音
の時に静かにしていてくれる聴衆です。
沈黙は重要です。」
心の動きや感情の高まりは私たちの
存在のごく表面、外界との境界部分
の波です。
もちろん重要で無視できませんが、そ
れに心を奪われると内側の動きやひそ
かに燃え続けるものを見失います。
目をつぶって、静かに自分と向き合う
沈黙の時間は何にもかえられません。
アバドは感情に訴えることに背を向け、
精神で人を圧することを拒みます。
そして、魂の炎を輝かせます。