旬のくらし 眼の疲れへの対処

眼の疲れへの対処
現代は見ることを常に求められて
いる時代です。
一瞬のうちに大事なものと危険な
ものを判別しなければなりません。
日常生活だけでなく、テレビやパ
ソコン、スマホからえられる膨大な
情報への対処も求められます。
本や雑誌、手仕事も見ることなし
には厳しいものです。
休むことなく働き続ける眼に、蛍光
灯やLED照明や野外の紫外線が
さらに追い討ちをかけて疲れをま
します。
眼が疲れると迷走神経も緊張状態
となります。
迷走神経は後頭部から首を通って
肺などの呼吸器とつながっていま
す。
わざわざな長い経路を迷走する
ため、迷走神経と名づけれらてい
ます。
本来は顔の筋肉を司る神経でした
が、海から陸にあがる進化の過程
で肺などの筋肉が必要になり、下
まで持ってきたために迷走してい
ます。
そのため少し無理があって疲れや
緊張がたまりやすいのです。
眼の疲れが呼吸器の疲れを呼び
起こします。
人間は食べなくても一週間以上
生きられます、
水は3日間くらいは飲まなくてもも
ちます。
けれど呼吸は3分ほどできなけれ
ば死にいたります。
呼吸器が疲れるとすぐに体力が
落ちてしまい、動けなくなります。
また春や秋の季節の変化の時期
には呼吸器にも余計に負担がか
かります。
春の欝や五月病、秋のメランコリー
な気分はそうした表れです。
気持も暗くなり内に閉じこもります。
またその反動として妙なハイテン
ションになったりもします。
躁と欝が交互にやってきて自分を
見失います。
呼吸器が疲れると酸素が不足する
ために寝ても疲れが抜けません。
また昼と夜が逆転して、昼はぐっ
たりしているのに、夜になると元気
になって眠れなくなり、ますます疲
れが蓄積します。
そしてあり得ないものにしか興味
がもてなくなり、妄想やゲームの
世界にひたります。
こうして私たちは個の世界に閉じこ
もり、生命の力を衰えさせています。
また、眼と肝臓の働きにも密接な
関係があり、肝臓にも負担をかけ
ます。
肝臓は身体の中の毒や老廃物を
排出する働きがあります。
肝臓が疲れると毒がたまって身体
の中が汚れてしまいます。
心と身体がいっしょになって動い
ている私たちは、感情の中の毒素
も肝臓で処理しています。
それが滞ると、イライラして怒りっぽ
くなり、簡単に切れやすくなります。
眼の疲れは現代の病的な生活感
と極めて密接な関係があります。
みんなそうなのだから、自分もいっ
しょでもいいという考え方もありま
すが、それではあまりに世の流れ
に身をまかせ、寂しくなります。
眼の疲れに対処するには、自分
でケアするしかありません。
目薬や冷やすことはとりあえずの
痛みや疲労感を感じなくしますが、
それはごまかしで、疲労は回復さ
せてくれません。
まずはできるだけ画面から遠ざか
り、見る機会を減らします。
また針仕事や読書、細かな手仕事
も明るい場所で時間を限ってやり
ます。
疲れは冷やすのでなく、温めて働
きを高めて、休め、ケアします。
眼の温湿布はだれにでもできて
効果は確実にえられます。
こめかみには眼の神経が通って
いて、眼の疲れを表現しています。
偏頭痛も多くは眼の疲れです。
眼だけでなく、こめかみもいっしょ
に温めます。
洗面器等に熱い湯を用意し、タオ
ルを何度か温めなおしながら、20
分ほど楽な姿勢で眼を温めます。
この時だれかに補助してもらって、
タオルをかえてもらうと効果はより
増します。
一日の終わりにこれをすることで、
熟睡でき、日々の疲れに対処で
きます。
もう少し積極的には眼に手をあて
て、気を集める方法もあります。
気を集めることで働きが高まり、疲
労が解消します。
眼窩と呼ばれる頭蓋骨の眼の周り
の骨の淵を指で押さえ、痛みや
冷たい異常感を感じる部分の変化
を待ちます。
一番の急所は目頭と目じりの部分
にありますが、びどい場合は周囲
全部に痛みを感じます。
暖かく柔らかい感じがして、息が
通るようになったらもう大丈夫です。
こめかみは口を開けた時に動く筋
肉が急所です。
それをじっと押さえ、痛みや異常感
が抜けるまで待ちます。
ひどい場合は頭の周囲まで痛み
を追いかけていかないと疲れは抜
けません。
眼の運動も疲れをとるのに有効で
す。
眼を閉じて、手の平をあて、眼を
動かして、その動きを手で感じます。
最初は上下に動かし、動きの悪い
方に集注して動かすようにし、動き
がそろうまで続けます。
次に左右、右周り、左周りと続け、
最後には前後(前に出したり奥に
ひっこめたり)と続けて、眼を動かす
筋肉の調整をします。
これらを組み合わせて、眼の疲れ
を調節します。
首の中ほどが眼の疲れを表現し、
問題がある時は硬くなっています。
首は強くもんだり、冷やしたりして
はいけない大事な場所です。
調節してから確認して柔らかく気
が通る感じがしたら一応疲れは抜
けたと判断できます。
見ることは、知ることです。
文字も含めて、私たちは見ることで
ものごとの意味を理解します。
臭いや音などは本能と結びついて
動物的に直感で感じます。
視覚は客観的で、意味や価値と
かかわっています。
知的で人間的であるともいえます
が、ついつい暴走して支配的に
なり、かえって本質を見失いがち
です。
こうして画面に見入って文章を作
っている私ですし、細かな字をご
覧なっている方も眼を酷使されて
おり、まったく矛盾しています。
けれどこの矛盾をどう生きるかが、
現代に問われているとも思うのです。
自分が自分らしく生きるためのひ
とつの技術としてお試し下さい。